#11 カーテンの房飾りは何の役に立つ?
この断片集のなかで「逃亡派」とタイトルのつけられている章に入る。
いよいよ中核だ。
アンヌシュカと呼ばれる主婦が主人公らしい。
舞台はどうやらロシア。
暗闇の中でアンヌシュカは発見する。
ソファのカバーの色も、カーテンの房飾りも役に立っていないことを。
そこにあるのは、ごわついた生地のざらついた感触だけだった。
私たちにとって本当に必要なものは何だろう。
欲しいと思っているものはただのオプションで、
もしかしたら既に手の内にあるものを再度求めているだけなんじゃないだろうか。
自分の欲しいものを見分けることは、実はすごく難しい。
必要だと思っているものは幻で、
不足しているものは他のものだったり、
想像もつかない場所にあったりするものだ。
アンヌシュカは子育てと夫から逃れるべく、地下鉄に足を運ぶ。
ここで、ロシア正教のあるセクト「逃亡派」に属する女に出会う。
逃亡派の者たちが地下鉄に乗るのは、「移動しながら休憩する」ため。
どうやらこれは形而上的経験らしい。
実際、モスクワの地下鉄はきわめて深いところを走っており、
ホームに降りるためのエスカレーターは
地下鉄に向かうトンネルのように見えなくもないらしい。
確かに電車での旅は、属する世界を変えるための小旅行のようなものだ。
アンヌシュカの出会った女は、しきりに「動くんだよ」と言い続ける。
世界の意味が、属する環境によって固定されてしまうことを憎んでいる。
それはつまり、世界に管理されているということだ。
確かにその通りだ、学校、会社、家族、生まれた国……。
私たちの身体は決して自由ではないし、
枠組みにとらわれて、固定された視点でものを見ることを要求されている。
なるべく組織に染まりきらないようにして
自分の中の物の見方を狭めるのではなく、
増やし続けるような人間でありたいと願う。