日々

日常の癒されたこと、楽しかったことのメモ

自らの手で節目を重ねる

結婚一周年記念と謳い、暑さを逃れて夫婦で那須塩原へ旅行に発った。

イベントに疎い私たちだけれど、職場の齢60を超えた同僚から、結婚記念日は毎年祝い続けているという話を聞いて、真似てみたくなったのだ。

生活は意識しないとどうしても間延びしがちになる。しかし、生涯添い遂げたいと思えるような人物と出会えたことは奇跡であり、この奇跡を再び味わい嚙みしめる日を意図的に用意するのは、ちょっぴり素敵な計らいだと思うのだ。

節目は自分たちで作らなければならない。この節目を作る習慣を地道に継続していれば、ある程度歳月を重ねたいつかの日に振り返り見たとき、青々と育った竹を見上げるように清々しくて愛おしい気持ちが、胸を温めてくれるのだと思う。

何はともあれ、結婚一周年ではどうしても過去より未来に思いを馳せるばかりで、夫婦生活はまだまだ手探りだ。

 

電車で一時間ほど揺られて那須塩原駅へ到着すると、肺いっぱい吸い込みたくなるほど清涼な空気と、どこまでも広がる緑色の涼やかな風景がするりと私たちを迎え入れてくれた。送迎車の中から見える田園風景や放し飼いにされた牛たちに、静かに心躍るのが分かる。

夫が「東京も、放置されていればこうなっていたんだね」とつぶやいた。

日本の国土の2/3が森林である、という事実を私はついぞ忘れていた。私は日本の中心に住んでいる気がしていたけれど、実は「狭い東京にしかいない」ということなのだ。

 

宿に到着すると、女将さんに「お花のようなお嬢さん」と呼ばれて嬉しくなった。部屋は和室と洋室の二部屋あり、それぞれ大きな窓に青々と光る木々の燦めきとウグイスの鳴き声が差し込んで、ああ、避暑地にやってきたのだなあ、と心がじゃぶじゃぶ洗われる心地になる。

 

夕食にアユの塩焼きが運ばれてきたのを見て、山にやって来たことを実感した。旅館特有の一人鍋の青いロウが溶けていく様子を、冷酒をちびちび舐めつつ眺めて愉しんでいると、女将さんがすす、と障子を引き開けて「結婚一周年記念、おめでとうございます。ささやかではありますが、一輪の薔薇のお花と竹久夢二の『黒猫』にちなんだ栞をご用意いたしました」と粋な演出をしてくれた。恥ずかしがり屋な夫が事前に伝えていてくれたのだと思うと、胸がポカポカと熱くなった。

夫は、私の疲労を案じて旅の締めくくりに新幹線のグランクラスを手配してくれるようなスマートな人柄であるのに、こういったサプライズの演出は気恥ずかしいらしい。理解できるようでいまだに理解しきれない人ではあるけれど、夫の両方の性質とうまく付き合いながら、これからも高く節目を築き上げていきたいと思った旅行だった。